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2010/05/29

In a Sentimental Mood


   右写真は吉祥寺サムタイムでのマグナス・ヨルト


マグナス・ヨルト来日ツアーは今年は京都からスタートしました。

京都での初めてのライブの前日、リハーサルをやったライブハウス、ル・クラブ・ジャズの入り口の前で、休憩中にマグナスに聞かれました。
「これ、何の曲かわかる?」

それはライブハウスの前の壁に描かれた音符。五線譜もない音符だけの、壁に描かれた模様。
それはある一つの曲を奏でていました。
マグナスはじっととその音符を眺めていたのです。

そのマグナスの突然の質問に答えられなかった私。

続けて現れたペーターにマグナスが同じ質問を。
壁の音符を見てすかさず、ペーターはニコッと笑って答えたのです。
「Sentimental mood!」

ああ、そうだ。これはセンチメンタルムードだ。
どうしてすぐに答えられなかったのだろう。

そう。もちろん!私の読譜力不足。(私は実はこんなプロデューサーなのです)

今回の日本のツアーのマグナス・ヨルトトリオのアンコール曲はすべて、この「In a Sentimental Mood」でした。
私はてっきり今年も昨年と同じ「Take the A Train」がアンコール曲だろうと思っていました。
アンコール曲は昨年のツアーを締めくくった楽しい「A列車」のようにノリノリの曲に違いない。
でもマグナスが選んだ今年のアンコール曲は、全く違う曲想の曲だったのです。

マグナスは、ここでも私にストーリーをぶつけてきたーー
これは、いつも私の想像をいい意味で裏切る、マグナスの柔軟な発想の一つです。

マグナス・ヨルトトリオの今年のアンコール曲、「In a Sentimental Mood」
実はこれほどにきれいな「センチメンタルムード」を聴いたのは初めてでした。(もちろん私の思い入れもある)

マグナスは天才ピアニストでも飛ぶ鳥を落とすような技巧派でもない。
でも、マグナスの持つコンポーズ力にはすべてを包み込んでしまう優しさとストーリーがある。それは他のピアニストに類をみないほどの素晴らしさ。

『Someday.』のノーツにも書いたけれど、彼の演奏は3人の音楽を束ねるリボンのようなのだ。美しくて、そして楽しい、自由自在に形を変えていく即興のリボン。
まだほとんどの日本のジャズファン、それにデンマーク人でさえもほとんど彼の才能に気づいていない。
今回のライブで日本のジャズファンの心を何かが叩いたように、マグナス・ヨルトを実際に聴いてみると必ず何かが心に入ってくるのだ。
素晴らしい感覚はまだ彼の中にたくさん眠っているはず。
まだ26歳の彼は、最高のベーシストペーター・エルドに出会ったように、それから日本の池長一美の美しい音に出会ったように、これからまだまだいろいろな出会いを重ねて行くのだろうと思う。
どんな風に変わっていくのだろう。
目が離せない本当に楽しみなピアニスト。




マグナスが京都のライブハウスの壁に偶然みつけた音符。
マグナスはそれをひとりそっと壁から剥がし自分の心に入れ、ライブのアンコールに自分の指先で再現した。

「In a Sentimental Mood」

彼の想いが詰まった、ツアーの最後にアンコールとして贈られた彼からのお礼の音符です。

京都のル・クラブ・ジャズの入り口に、マグナスと旅に出ていたその音符が、旅を終え、今またそこに帰ってきているはずです。