Translate

2010/03/03


マグナス・ヨルト(Magnus Hjorth)について、もう少しご説明をば・・・


杉田宏樹氏はジャズ評論家です。

欧州ジャズを中心に評論を書いていらっしゃいます。

杉田氏とは、偶然に昨年9月、渋谷の松濤サロンでお会いしました。菰口氏の始められたT&Kのオープニングパーティ会場でした。

初めてお会いした時、ご挨拶に「マグナス・ヨルトを日本に招聘したものです」と自己紹介申し上げましたら、即座にお返事が返って参りました。「知ってますよ、マグナス」

少し驚きました。その当時、ほとんどの評論家の方がご存知ではなかったので・・・

何とか日本にもマグナス・ヨルトの新しいジャズを広めたい、との私の想いをものすごく熱く語ってしまいました。その私の勢いがあまりに凄すぎて杉田氏が後ろへ後ろへと下がって行ったのを覚えています。

そういう訳で、まだ日本ではほとんどのジャズファンにも知られていないマグナス・ヨルトの紹介記事を書いて下さったのが、杉田氏です。

以下は、杉田宏樹氏がマグナス・ヨルトについて書いてくださったものです。



北欧に旅行した経験がある方ならば、その玄関口となるハブ空港がデンマークのコペンハーゲンであることはご存知だろう。世界で最も美しいと呼ばれるコペンハーゲン国際空港の先には、スウェーデンやオスロなど北欧各国の都市へと旅の夢路が続く。かつては情報の少なさと地理的事情が日本から遠い感覚を生んでいた。そんな北欧は戦前からの長いジャズ歴史を育んでおり、1970年代以降は日本のレコード会社を通じて一部の作品が紹介されている。さらに2000年代に入ってヨーロッパのリアルタイムのジャズが身近な存在になると、北欧ジャズの現況が徐々に明らかになって、有名無名を問わず作品本位で評価される現象が定着した。


そんな中でコペンハーゲンから登場したピアニストがいる。2009年に初来日公演を行ったマグナス・ヨルトだ。

コペンハーゲンに近いスウェーデン南端の都市ラホルムで1983年に生まれ、12歳からピアノを演奏。ほどなくジャズに傾倒し、15歳からビッグ・バンドに参加して、ジャズの基礎を体得した。自分の才能を磨くため、ヨルトはコペンハーゲン・リズミック音楽院に進学。

北欧ジャズの玄関口で学んだ経験は、その後の進路を決定付けたようだ。母国ではなくデンマークのコペンハーゲンを拠点にプロ活動をすると決めたのは、他のミュージシャンとの交流やレコード会社との関係を視野に入れた選択だったのだろう。2006年にはスウェーデン人とノルウェー人からなる自己のトリオを結成して、本格的に活動をスタート。早くも翌年にはスペインの若手登竜門と言われているGexto Jazz Contestで、審査員賞と観客賞最優秀ソリスト賞をダブル受賞。大いにキャリア・アップした。またマレーン・モーテンセン(vo)、ボブ・ロックウェル(sax)と共演し、ヨーロッパ、アメリカ、アジアのツアーを通じて、その名を世界レベルで知らしめている。


マグナス・ヨルト・トリオはこれまでにデンマークのレーベルから2枚のアルバムを制作しており、いずれもマグナスのオリジナル曲を中心とした構成だ。

2007年リリースの第1作『Loco Motif(Calibrated)は北欧ジャズの特色であるクールなトリオ・コンセプトを前面に出すというよりも、モダン・ジャズ以降の王道的なピアノ・トリオ・マナーをきっちりと踏まえた上で、ヨーロピアンならではの洗練されたセンスと若者らしく瑞々しいエネルギーを発散している。アップ・テンポのナンバーを聴けば、マグナスの確かなテクニックがはっきりと体感できるし、どこか北欧の古謡にも通じるようなオリジナル曲にはマグナスのメロディ・メイカーとしての才能が明らかだ。

2009年リリースの『Old New Borrowed Blue』(Stunt)はピアノ・トリオという編成を、さらに深く掘り下げて制作に取り組んだ第2作。アルバム・タイトルが示唆する通り、オールド・ジャズをしっかりと吸収した上で自分たちのトリオ・ミュージックを生み出そうとの気概が伝わってくる内容だ。マグナスの演奏には2年間のトリオ活動を通じてさらに強めた自信が、全編で漲っている。どんなに速いテンポになっても正確で粒立ちのいいピアノ・サウンドには、若さに似合わぬ風格さえ漂う。マグナス・ヨルト・トリオのジャズに対する理解度と実力を測るには絶好の素材となるのが2曲のスタンダード。「レッツ・フェイス・ザ・ミュージック・ダンス」ではリズムを自在に変化させて、ハリウッドへのオマージュを捧げ、「ザヴォイでストンプ」ではオールド・マナーを参照しながら個性をアピールする。アルバムの随所に伝統的なピアノ・スタイルを感じさせながらも、ヨーロピアン・トリオとしての現代性を表現するセンスが鮮やかだ。ベース、ドラムスとの躍動的な一体感も素晴らしい。

マグナスの活動はトリオだけにとどまらない。

サックスを含むピープル・アー・マシーンズは、全員が1980年代生まれの4人編成。野性的かつ爆発力のあるサウンドが持ち味だ。シゼル・ストームや前述のマレーン・モーテンセンといったヴォーカリストがリーダーのバンドでも巧みな伴奏を披露しており、ピアノに加えてキーボードもプレイする。またマンデー・ナイト・ビッグ・バンドにも在籍し、スウェーデンの都市メルメのライヴ・ハウスへ定期的に出演中。現在ウィズ・ストリングスによるジョージ・ガーシュイン曲集のアルバム制作にも取り組んでいる。


20096月にマグナスは初来日し、東京と横浜で4回のトリオ・コンサートを行った。

それらのステージからベスト・トラックを編集したのが、今回の本邦デビュー作となる『サムデイ.ライブ・イン・ジャパン』である。これまでの2枚のトリオ作とは趣を変えて、自作曲は選曲せず、すべてスタンダードと有名なジャズ・ナンバーで構成。

ピアノとベース・ソロがたっぷりと楽しめる「エブリシング・アイ・ラブ」、冒頭のドリーミーなアレンジからマグナスの世界に心地よく誘われる「いつか王子様が」、メンバー間のインタープレイがスリリングな「アスク・ミー・ナウ」、気心の知れた者同士がファッツ・ウォーラーの名曲を借りてジャズ史をさかのぼるピアノ&ベース・デュオの「エイント・ミスビヘイブン」、スピード感溢れるトリオ・サウンドが興奮を呼ぶ「マイルストーンズ」、ピアニスト/作曲家ビリー・ストレイホーンとバンド・リーダー=デューク・エリントンへのオマージュが滲む「A列車で行こう」、20世紀のアメリカが生んだ音楽芸術であるジャズへの限りない愛情を表明したピアノ独奏曲「ベス・ユー・イズ・マイ・ウーマン・ナウ」と、バラエティに富んだプログラムが用意されている。


ピアニストに限っても人材豊富な北欧ジャズ・シーンにあって、あらゆるジャズ・スタイルを吸収しているマグナス・ヨルトの個性は、他に例を見ないものだ。

『サムデイ.ライブ・イン・ジャパン』が我が国におけるマグナスの大きな飛躍の第一歩となることは間違いないだろう。                                                                                    杉田宏樹